AIエージェント同士が交渉すると、モデルによって価格が変わります
Anthropicの社内実験では、OpusがHaikuより有利な価格で交渉しました。しかし参加者の満足度評価では、明確な差は確認されませんでした。
社会同じ自転車の交渉価格が違っていました
2026年4月24日、AnthropicがProject Dealという社内中古取引実験を公開しました。2025年12月、社員69人にそれぞれ100ドルの予算を割り当て、Claudeエージェントが Slack上で社員の代わりに物品の売買を行うようにしました。1週間にわたって実施したこの実験のうち、実際の物品交換につながった市場では186件、総額4,000ドルを超える取引が成立しました。こうした取引方式をエージェントコマースと呼びます。1
参加者の指示どおりカウボーイ口調で値切ったり、「自分へのプレゼントを買って」という指示に対して卓球ボールを19個選んだエージェントもいました。ある参加者は、すでに持っているのと同じスノーボードを購入することになりました。人の好みをある程度把握して取引を進めたものの、本人が直接買っていたら避けたであろう選択も出てきたわけです。
私が注目したのは、モデルごとの交渉結果と参加者の評価が一致していなかった点です。OpusはHaikuより有利な価格で取引したにもかかわらず、満足度と公正性の評価では明確な差は確認されませんでした。AIが代わりに購入する場合、ユーザーはどのような基準で取引結果を評価すべきなのでしょうか。
Opusがより有利な価格で交渉しました
実験では独立した4つの市場を同時に運営しました。うち2つの市場ではいずれもClaude Opus 4.5を使用し、残る2つの市場では参加者にOpus 4.5とHaiku 4.5のどちらかを無作為に割り当てました。参加者は、どの市場の結果に従って実際に物品を交換することになるのか、あらかじめ知らされていませんでした。最終的に実際の交換に使われた市場は、いずれもOpusを使った市場でした。
研究チームは、残りの市場での仮想取引も含めてモデルによる違いを分析しました。
- 取引件数:2つのモデルを混在させた市場で、Opusを使った参加者はHaikuを使ったときより平均約2件多く取引に合意しました(p=0.001)。2
- 同じ商品の販売価格:2つの混合市場において販売者モデルが入れ替わり、両方で取引が成立した44個の商品を比較したところ、Opusの販売価格は平均3.64ドル高くなりました。故障した自転車は、Haikuでは38ドル、Opusでは65ドルで販売することに合意しました。
- 購入者と販売者のモデルを合わせて考慮した分析:4つの市場で2回以上取引された商品を比較すると、Opusは販売者として平均2.68ドル多く受け取り、購入者として平均2.45ドル少なく支払う効果があると推定されました。
取引全体の平均価格は20.05ドルだったため、数ドルの差も小さくはありません。ただし、最後の2つの数字を足して「すべてのHaikuユーザーが5ドルずつ損をした」と計算することはできません。それぞれ異なる取引から推定した販売・購入の効果であり、実際の交換はすべてOpusを使った市場の結果に従って行われました。
満足度だけでは価格差を見分けにくいものでした

取引の公正性を、どちらか一方にどれだけ不利かに応じて1~7点で評価してもらったところ、平均はOpusの取引が4.05点、Haikuの取引が4.06点でした。満足度はOpus側がわずかに高かったものの、統計的に有意な差は確認されませんでした(p=0.378)。この結果は、両モデルの満足度が完全に同じであることを証明するものではありません。
2つの混合市場でそれぞれOpusとHaikuで取引した28人のうち、17人がOpusの取引セットを、11人がHaikuの取引セットをより好みました。価格がより有利だったからといって、必ずしも購入・販売結果全体をより気に入ったわけではなかったのです。
交渉価格とユーザーが感じる満足度は、別々に確認する必要があります。 今回の実験はその違いを示しましたが、すべての参加者が自分に不利な取引に気づかないとか、より小さいモデルを使うと常に損をするといった結論までは裏付けていません。自発的に参加した社員69人による中古取引という実験条件も考慮すべきでしょう。
人が直接買い物をする際にも、他の販売者の価格や過去の購入経験を参考に取引を評価します。AIがその過程を代行する場合、ユーザーに最終価格だけを示しても判断が難しいことがあります。どの商品・価格と比較し、なぜこの取引を選んだのかを確認できてはじめて、満足度以外の基準でも評価できるようになります。
事業運営実験から取引相手との交渉実験へ
Anthropicは以前、Project Vendを通じてAIにオフィス内の小さな売店を運営させました。
2025年6月に公開した最初の実験では、Claude Sonnet 3.7をベースにした「Claudius」が在庫と価格を管理しました。お菓子やタングステンキューブを無料で配ったり、原価より安く販売したりすることがあり、自分が青いブレザーを着た人間だと勘違いすることさえありました。価格や在庫を扱う日常的な業務においても、誤りが表面化したわけです。
2025年末に公開した2回目の実験では、顧客・注文管理ツールと在庫情報、業務手順を強化し、店舗もニューヨークとロンドンに増やしました。損失を出す週は大きく減りましたが、複数のエージェントを配置しただけで改善したわけではありません。研究チームは、価格と配送を確認するツール・手順が役立ったと説明しています。購入前に人間へ確認を求める仕組みも維持されました。
Andon LabsのVending-Benchは、こうした長期運用能力をシミュレーションで評価する別のベンチマークです。3 最初の論文はProject Vendの公開に先立ち、2025年2月に発表されました。在庫を発注し価格を決める作業を長く続けたときに生じる誤りを検証するものです。

Vendが一つの事業体の運営を扱ったとすれば、Dealは複数の人を代理するエージェント同士が交渉した際の結果を扱っています。
同じ商品であっても、購入者と販売者が使用するモデルによって価格が変わりうるということです。個々のモデルの業務遂行能力に加え、取引相手のモデルとどう相互作用するかも見ておくべき理由です。
社内実験の結果をそのまま一般市場に当てはめることはできません。ただし、決済会社各社がエージェント取引の支援を始めている以上、実際のサービスでも確認しておく必要のある問題です。
決済会社各社はエージェントが購入できる機能を作っています
AIが商品を探し出したあと決済まで進めるためには、販売者と決済サービスがそれを支援する必要があります。以下の発表は、その機能が開発・試験されている事例です。
2025年から2026年初めにかけて発表された主要な取り組みを見ると、対応範囲はそれぞれ少しずつ異なります。
- Visa Intelligent Commerce:Visaは2025年12月、100社以上のパートナーと協力しており、統制された環境下で数百件の実際のエージェント決済を実施したと発表しました。数百万人規模の消費者による日常的な利用がすでに行われているという意味ではありません。
- Mastercard Agent Pay:SantanderとMastercardは2026年3月2日、定められた上限と権限の範囲内でAIエージェントが実際の銀行決済網を利用した試験を発表しました。
- Stripe Agentic Commerce Protocol(ACP)とAgentic Commerce Suite:2025年9月に公開したACPに続き、12月には商品検索・注文・決済の連携を支援するSuiteを発表しました。カード情報の代わりに使うShared Payment Tokenには、販売者・金額・有効時間の条件を設定できます。4 実際の販売には各サービスの対応と連携が必要です。
- Machine Payments Protocol(MPP):StripeとTempoが2026年3月に公開した決済標準です。エージェントがサービスやデータを要求し、決済したうえで提供を受ける手続きを扱います。
- Google Universal Commerce Protocol(UCP):Googleが2026年1月に発表したショッピング連携標準です。VisaとMastercardも支持を表明しました。
McKinseyは2025年の報告書で、2030年の米国消費財小売市場における9,000億~1兆ドル規模の売上にエージェントが関与する可能性を試算しました。これは導入率などを仮定した見通しであって、現在の市場規模ではありません。Visaの調査で米国の買い物客の47%がAIを買い物に利用しているという結果も、価格比較やおすすめ機能などを含んだものです。彼らが皆、購入と決済までAIに任せているわけではありません。
エージェントが代行できる範囲は、商品検索・注文・決済のうちどこまで権限を与えるかによって変わります。すべてのサービスが、一度の同意でその後の交渉と決済をすべて任せる仕組みになっているわけではありません。ユーザーは購入前の確認要否と支出上限を設定できるべきであり、サービス側はその条件を守る必要があります。
Oswarldの視点
企業のGTM戦略を策定するにあたり、私は新しい取引サービスが提供する利便性と、ユーザーが結果を判断できる情報の両方を見るようにしています。5 AIが代わりに購入するサービスにおいても、購入が速くなったという事実だけでユーザーがより有利になったと判断するのは難しいものです。
価格比較やおすすめ機能は消費者にとって役立ちます。同時に、何を先に表示し、どのような条件で購入を誘導するかによって、販売者側の利害が反映されることもあります。ユーザー自身が選ぶときと同様に、エージェントが選ぶときにも、こうした条件を確認する必要があります。
私が懸念しているのは、ユーザーがアクセスできるモデルの性能差が、取引条件の差につながる可能性です。Project Dealでは、同じ商品でもモデルによって合意価格が異なりました。しかし、この小さな実験だけで実際の市場における不平等の規模や方向まで予測することはできません。
実際のサービスでは、サブスクリプション料金や呼び出しコストも合わせて計算する必要があります。高価なモデルが交渉で数ドル節約できたとしても、利用コストのほうが大きければユーザーの得にはなりません。無料・有料という区分だけで交渉結果を断定するのも時期尚早です。私は、取引履歴と比較価格、手数料を確認できてこそ、ユーザーがより良いサービスを選べると考えます。
販売者側にも課題が生じます。人間が読む商品説明だけでなく、エージェントが価格・在庫・配送・返品条件を正確に確認できる情報が必要になります。Anthropicは、企業がエージェントの選択を誘導しようとする戦略をとる可能性も指摘しています。私は、エージェントがどのような根拠で商品を推薦したのかを検証できる仕組みが必要だと考えます。
おわりに
Project Dealは、エージェントが人の代わりに中古取引を成立させられること、そして使用するモデルによって交渉価格が変わりうることを示しました。参加者が感じる満足度だけでは、その差を十分に評価するのは難しいこともわかりました。
そのため、エージェント購入サービスを選ぶとしたら、私は3つを確認します。他の価格や条件と比較したか、手数料まで含めていくら支出したか、そしてユーザーが定めた購入条件を守ったかです。
この実験が投げかける問いは、「どのモデルが最も賢いか」では終わりません。そのモデルが私のお金で何をしたのか、そして私がその結果をどう確認できるのかにまで及びます。
参考資料と関連リンク
主要出典
- Troy, K. K., Shields, D., Bradwell, K., & McCrory, P. (2026). Project Deal. Anthropic.:今回のニュースレターの出発点となった資料です。末尾のAppendixに回帰分析全体が公開されており、統計的な主張の根拠を直接確認できます。
- Anthropic. (2025). Project Vend: Can Claude run a small shop?:AIに小さな売店を任せた際に生じた運営上の誤りを記録した資料です。
- Backlund, A., & Petersson, L. (2025). Vending-Bench: A Benchmark for Long-Term Coherence of Autonomous Agents. arXiv:2502.15840.:2025年2月に公開された長期運用評価の論文です。在庫・注文・価格管理が続くあいだ、エージェントがどれだけ一貫して動作するかを検証します。
背景知識
- Visa. (2025). Visa and Partners Complete Secure AI Transactions, Setting the Stage for Mainstream Adoption in 2026.:決済ネットワークの観点から、エージェントコマースがどこまで進んでいるかを示す発表です。
- Stripe. (2025). Introducing the Agentic Commerce Suite.:加盟店の立場からエージェントコマースへの対応方法を最も具体的にまとめた資料です。
- Anthropic. (2025). Project Vend: Phase two.
- Mastercard. (2026). Santanderと実施したエージェント決済試験.
- Stripe. (2026). Introducing the Machine Payments Protocol.
- Google. (2026). UCPとショッピングツールの発表.
- McKinsey. (2025). The agentic commerce opportunity.
- American Statistical Association. (2016). p値の解釈に関する声明.

筆者アン・グァンソプ(安光涉)は世宗大学校経営学科教授であり、INLEVEL9のリードコンサルタントである。大学では経営データ管理、ビジネスアナリティクスなど統計・データ分析を教える一方、実務ではGTM戦略とAI戦略コンサルティングを率い、技術とビジネスの接点を設計している。AI対話システムの記憶アーキテクチャ(HEMA)に関する研究で学術論文を発表しており、毎日グローバルなAI論文をキュレーションするDaily Arxivプロジェクトを運営している。高麗大学校技術経営専門大学院の修士課程とKMBAを修了した。著書に『考えることを任せる人々:ホモ・ブレインレス』がある。
각주
-
エージェントコマース(Agentic Commerce):ユーザーが許可した範囲内で、AIエージェントが商品探索、交渉、注文、決済などを代行する方式です。委任する範囲や人による確認手続きはサービスごとに異なります。 ↩
-
p値:差がないという仮定と分析モデルが正しいとき、観測した結果以上に極端な結果が得られる確率です。差が偶然である確率や、仮説が正しい確率を意味するものではありません。p値が小さいというだけで、効果が大きい、あるいは実務上重要であると判断することもできません。 ↩
-
長期一貫性(Long-Horizon Coherence):AIエージェントが短い作業だけでなく、数日・数か月にわたる意思決定において一貫した戦略と判断を維持する能力です。短い推論は得意でも、時間が経つと自らの目標を忘れたり矛盾した行動を取ったりすることが多いため、別途の評価が必要です。 ↩
-
決済トークン(Payment Token):決済の際に実際のカード番号の代わりに使う代替値です。StripeのShared Payment Tokenは、販売者・金額・有効時間を制限できます。 ↩
-
GTM(Go-To-Market)戦略:製品・サービスをどの顧客に、どのような経路とメッセージで、どのような価格で販売するかを定める戦略です。 ↩

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