戦略文書を書くときは、何を優先し何を諦めるかを書いてみましょう
ジェイソン・コーエンの反対テストとロジャー・マーティンの五つの質問をもとに、仕事の優先順位を決める戦略文書について考えてみます。
ビジネス「顧客中心」と書いてみて、何が変わるのか
私も以前、戦略文書を作りながら「私たちは顧客中心で行く」と書いて満足した経験があります。方向性が定まったような気がして、チームメンバーもうなずいてくれました。しかし、その一文だけでは、異なる顧客からの要望が入ってきたときに何から手をつけるべきか決めるのが難しかったのです。
最近、ジェイソン・コーエンの文章を読んでこの点を改めて考えました。コーエンは「顧客中心」のような反対しにくい表現と、実際に代替案を諦めなければならない選択とを区別します。戦略文書が仕事の役に立つには、後者が含まれていなければならないという話です。
反対テストで曖昧な文章を見つける
コーエンが紹介する「反対テスト」は、戦略の文章の反対側にも合理的な代替案があるかどうかを見る方法です。「良いデザインを作る」の反対である「悪いデザインを作る」は、通常選択肢にはなりません。一方、完成度の高い利用体験を製品の中で提供するか、外部の拡張機能によって幅広い要望を受け入れるかは、それぞれに長所と短所がある選択です。
コーエンは、選択する際には不利な結果も受け入れ、複数の選択が互いに助け合っているかを確認すべきだと説明しています。同時に二つの長所を得られるならそうすればいいものの、両者が衝突するときは定めた優先順位に従うべきだという意味です。ジェイソン・コーエン「Strategic choices: When both options are good」
このテストを通過したからといって、事業の成功が保証されるわけではありません。ただ、何を決定したのかさえ分かりにくい文章を見つけ出すのには有用です。
例えば、飲食店を準備するとしましょう。「美味しい料理を売る」とだけ書いても、メニューを決めるのは難しいものです。ランチタイムに手早く食事を済ませたい会社員を主に受け入れるのか、夜にゆったりと食事をしたい客を主に受け入れるのかを決めれば、メニューや席数、営業時間を議論できます。どちらが無条件に良いというより、自分が選んだ客層に合わせて準備すべきだということです。

選んだあとに引き受けることも書いておく
製品を開発する小さなチームならどうでしょうか。すべての顧客の要望を直接実装すると決めれば、開発だけでなく保守や問い合わせ対応も増えるかもしれません。反対に、中核機能を狭く定めれば、一部の顧客が必要とする機能を提供できなくなる可能性があります。
このとき、「小さなチームだから機能を増やせない」で終わる必要はありません。直接責任を持つ機能と、他のツールと連携して解決する仕事とを分けることもできます。ただし、その代わりに、連携が切れたり外部ツールが変わったりしたときに誰が対応するのかまで決めておく必要があります。都合の良い側だけを書けば、後でその仕事を任された人がコストを負うことになります。
価格を決める際にも同じ問題が起こります。低価格を打ち出すなら、顧客ごとに長い導入相談を提供するのは負担になりかねません。高い価格を取って細やかなサポートを約束するなら、そのサービスを提供する人員と時間を確保しなければなりません。
そのため、私は戦略文書には期待する成果だけでなく、引き受けるべきことも書いておくべきだと思います。そうすれば、チームメンバーが良いアイデアを提案してきたときにも、「良いとは思うが今回はやらない」という判断を具体的に説明できます。
顧客・製品・運用方法を合わせて考える
ロジャー・マーティンとA.G.ラフリーの『Playing to Win』は、戦略を互いに連結された選択として扱っています。マーティンが提示する五つの質問は次の通りです。ロジャー・マーティンの戦略の説明
- どのような成功を目指すのか?
- どの市場で競争するのか?
- その市場でどのように勝つのか?
- そのためにはどのような能力が必要か?
- その能力を維持する管理体制は何か?
これらの質問を各部署に分けて埋めるだけでは十分ではありません。例えば、大企業を顧客に定めたのに、セキュリティ審査や長い購買プロセスに対応する準備がなければ、営業対象と運用方法が噛み合わないことがあります。どちらを変えるのかを一緒に決める必要があります。
新機能をどれだけ速く出すかも、顧客と結びつけて見る必要があります。速い変化を喜ぶ顧客がいる一方で、すでに使っている業務が安定して動くことをより重視する顧客もいます。どの顧客を選んだかによって、リリース前に確認する内容やサポートの方法が変わってきます。
アジャイル宣言が「動くソフトウェア」を「包括的なドキュメント」より重視しているというのも、文書が無用だという意味ではありません。両方に価値があることを認めながら、優先順位を示したのです。戦略文書も、何かが衝突したときにどのような基準で決めるのかを示せるものでなければなりません。アジャイルソフトウェア開発宣言
Oswarldの視点
GTM戦略を策定してきた経験から言うと、「バランスの取れた戦略」という言葉が出てきたとき、私は警戒します。その言葉が重要な決定を先延ばしにするために使われるケースを数えきれないほど見てきたからです。品質でも価格でも、顧客がわざわざその製品を選ぶべき理由がはっきりしなくなってしまうのです。
価格競争力と品質を同時に高める改善は可能です。私が問題視するのは、二つの目標を語ること自体ではなく、実際に人員や予算が不足したときにも優先順位を決めない態度です。
営業では、どの顧客の要望まで受け入れるのかを決める必要があります。契約の可能性があるという理由だけで全て受け入れれば、今まさに攻めようとしている顧客に必要な開発が後回しになりかねません。とはいえ、すべての新しい要望を断るべきだという意味でもありません。既存の判断を変えるに値する機会かどうかを検討し、変えると決めたなら、製品計画や運用計画も合わせて修正する必要があります。
個人の作業にも当てはめてみることができます。複数のテーマを扱うチャンネルと一つの分野に集中するチャンネルとでは、資料を集める方法が異なります。制作に長い時間をかけるコンテンツと頻繁に投稿するコンテンツも、スケジュールを別に組む必要があります。どちらかが正解というより、今持っている時間と力量で何を先にやるかを決めるべきなのです。
私は、戦略が永遠に固定されるべきだとは思っていません。市場が変われば、選択も変えることができます。ただ、方向を変えたのなら、なぜ変えたのか、それに応じて何をやめて新たに何を準備するのかを説明できなければなりません。
戦略文書の中から重要な項目を一つ選んでみてください。別の選択をしている会社があるなら、その会社の顧客が何を好んでいるのかを考えてみるのです。そのうえで、私たちがなぜこちらを選ぶのか、その決定によって諦めることは何かを書いてみるといいと思います。チームメンバーが次の業務を決めるときに使える文章が残るかどうかが、私が見ている基準です。

筆者のアン・グァンソプ(安光涉)は世宗大学校経営学科教授であり、INLEVEL9のリードコンサルタントである。大学では経営データ管理、ビジネスアナリティクスなど統計およびデータ分析を教える一方、現場ではGTM戦略とAI戦略コンサルティングを主導し、技術とビジネスの接点を設計している。AI対話システムの記憶アーキテクチャ(HEMA)研究で学術論文を発表し、毎日グローバルなAI論文をキュレーションするDaily Arxivプロジェクトを運営している。高麗大学校技術経営専門大学院修士課程とKMBAを卒業した。著書に『考えを委ねる人々:ホモ・ブレインレス』がある。

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