みんながソフトウェアへの支出を増やしているのに、時価総額は1兆ドル消えました
企業が今年ソフトウェアに支払う金額は、データセンター機器の1.8倍です。ところが市場は、その売上が何年分続くのかを改めて計算し直しました。
ビジネス前号の100ドルは、IT支出100ドルのうち12.9ドルでした
前号では、AI設備投資100ドルのうちチップが50ドル、電力が20ドル、ネットワーキングが15ドル、冷却が7.5ドル、施設が7.5ドルに分かれるというBNPパリバの推計を見ました。その100ドルをもっと大きな財布の中に置き直すと、大きさが改めて見えてきます。ガートナーが2026年7月27日に出した見通しによると、今年の世界全体のIT支出は6兆3,690億ドルで、そのうちデータセンターシステムは8,220億ドルです。100ドルに換算すると12.9ドルになります。同じ100ドルのうち、ソフトウェアは23.1ドル、ITサービスは24.7ドルです。
AIデータセンターにかかるコストと機器別の更新周期・第236号・INLEVEL9BNPパリバの投資配分図をもとに、半導体・ネットワーク・電力・冷却・施設のコストと事業の違いを見てみました。二つの100ドルは重なりますが、同じではありません。BNPのマップはハイパースケーラーが建設する物理資産なので、建物や電力設備まで含まれますが、ガートナーのデータセンターシステムはサーバーやストレージといった機器が中心です。重なるのはチップとサーバー、ネットワーク機器くらいです。
今回はその上の階層を見ていきます。設備は一度買えば何年も使いますが、ソフトウェアは毎年利用料として出ていきます。企業が支払うお金は増えたのに、そのお金を受け取る企業の評価額は下がりました。
ソフトウェア支出は今年だけで1,970億ドル増えました
ガートナーの表をそのまま見ると、次のようになります。ソフトウェア支出は2025年の1兆2,710億ドルから2026年には1兆4,680億ドルへと15.5%増えます。新たに増えた金額だけで1,970億ドルです。同じ表で、データセンターシステムは5,060億ドルから8,220億ドルへと62.5%増え、増加分は3,160億ドルです。
増加のペースはデータセンター側が4倍ほど速いです。ですが絶対額では、まだソフトウェアのほうが1.8倍大きいです。今年、企業がサーバーやストレージを買うために使うお金よりも、ソフトウェアに支払うお金のほうが多いという意味です。市場規模が縮んだという話とは違う絵です。
数字を引用するときに一つ注意すべき点があります。ガートナーは同じ年の見通しを半年の間に三度修正しました。2月には総額6兆1,500億ドルにソフトウェア増加率14.7%、4月には6兆3,100億ドルにソフトウェア1兆4,400億ドルと15.1%、7月には6兆3,690億ドルに1兆4,680億ドルと15.5%でした。ですから「2026年のソフトウェア市場1.44兆ドル」と書くなら、4月時点の見通しだというタグを付ける必要があります。第181号では、市場規模8,000億ドルが定義によって揺れると書きましたが、ここでは同じ機関の同じ項目が四半期ごとに揺れています。
2月3日、同じ市場の値が2日で削られました
支出が増えた年に、株価は逆方向に動きました。2026年2月3日、AnthropicがClaude Coworkに付随するプラグインを公開しました。契約書のレビューや秘密保持契約の分類、コンプライアンス手続きのように、人が画面を開いて処理していた作業をまとめたツールでした。その日からトムソン・ロイターとリーガルズーム、セールスフォースが大きく売られ、売りはタタ・コンサルタンシー・サービシズやインフォシスといったアジアのIT企業にも波及しました。S&P 500ソフトウェア・サービス指数は2月5日の1日で4%を超えて下落し、8営業日連続で値を下げ、この時点で年初来約20%下がっていました。ジェフリーズのトレーダーはこの光景に「SaaSpocalypse1」という名前を付けました。
失われた金額は資料によって異なります。48時間基準で2,850億ドル、第1四半期累計で約1兆ドル、ウォール・ストリート・ジャーナルが引用したソフトウェア・サービスETF基準では年初から2カ月で約1兆6,000億ドル、直近12カ月基準では約2兆ドルという数字まで出てきます。どの期間を測るか、どの銘柄群を測るかが違うためです。四つの数字のうち一つを選んで「ソフトウェア市場が2兆ドル消えた」と書くと、時価総額の変動と売上の減少が混ざってしまいます。売上はその間も増え続けていました。
成長率の差は1.7倍なのに、値の差は2.9倍です
同じソフトウェアの中でも結果が分かれました。ベンチャー投資家トーマス・タンガズが2026年7月13日に上場ソフトウェア・プラットフォーム87社を5つの区分に分けて整理した数字を見ると、こうなっています。
| 区分 | 銘柄数 | 1年間の収益率 | 売上成長率 | 売上倍率(EV/Sales)2 |
|---|---|---|---|---|
| インフラ・開発ツール | 13 | +68.5% | 21.4% | 10.0倍 |
| セキュリティ | 多数 | +17.6% | 約21% | 資料に記載なし |
| ビジネスアプリケーション | 48 | -36.2% | 12.5% | 3.4倍 |
ここで目を引くのは、2つの格差の大きさの違いです。売上成長率は21.4%と12.5%で1.7倍の差なのに、市場が付けた倍率は10.0倍と3.4倍で2.9倍の差があります。成長速度の差よりも値の差のほうがはるかに大きく開いたわけです。タンガズは、勝敗を分けたのは成長率ではなく、どのカテゴリーに属しているかだったとまとめています。セールスフォースやワークデイ、ServiceNowが含まれる48銘柄が上場ソフトウェアの多数を占めていますが、この区分が人数に応じて値段を決める契約を最も多く抱えています。
反発も狭い範囲にとどまりました。メリテック集計によると、時価総額加重ソフトウェア指数は4月10日の底値以降、34取引日で38%上昇しましたが、回復した時価総額の約80%を10社が持っていきました。上位10社の倍率は今後12カ月の売上3基準で9.9倍から14.8倍に上がった一方、中央値の企業は3.3倍と、底値比で19%上がるにとどまりました。「指数が回復した」という文章と「自分の銘柄が回復した」という文章が違う理由です。
指数そのものも1つではありません。SaaS Capital指数の中央値倍率は2021年8月の16.9倍から2025年12月には5.6倍まで下がり、2026年6月には3.2倍と2011年以降の最低を記録した後、7月31日には3.8倍まで戻しました。一方、アヴェンティス・アドバイザーズが集計した中央値は2026年8月時点で4.6倍です。この2つの数字は矛盾しているのではなく、構成銘柄も計算方式も異なる別々の指数です。これを一列につなげてしまうと、存在しない反発幅が生まれてしまいます。
前号の三つの問いをソフトウェアに移すと
236号の最後に、AI恩恵株を見るときに問うべき三つの質問を書きました。どの枠に入るか、どれくらい長く使うか、ボトルネックは供給側か需要側か。これをそのままソフトウェアに移すと、こうなります。
| 質問 | インフラ(前号) | ソフトウェア(今号) |
|---|---|---|
| どの枠に入るか | AIチップ25ドルか光トランシーバー5.5ドルか | インフラ・セキュリティの枠か、人数で値付けされる業務アプリの枠か |
| どれくらい長く使うか | サーバー5年か変圧器30年か | 抜けば業務が止まる記録システムか、モデルが代替できる画面機能か |
| ボトルネックは何か | 変圧器の納期と生産能力 | データと業務手順を移す費用、そして人数の変化 |
真ん中の質問が今回の出来事の核心です。設備において寿命を決めるのは物理的な摩耗と会計方針ですが、ソフトウェアにおいて寿命を決めるのは置き換えコストです。記録システムやセキュリティ、アイデンティティのようにデータと手順が内部に埋め込まれたソフトウェアは、代替ツールが出てきても四半期単位で外すことはできません。逆に、人が画面を開いて処理していた薄い機能は、その人の仕事が減る分だけ契約も減ります。2月に市場が削ったのは、今後受け取る売上そのものではなく、その売上が何年分続くのかという前提でした。ただし、この区分は私が資料を見て分けた基準であり、会社ごとに契約条件が異なるため、銘柄ごとにそのまま当てはまるわけではありません。
韓国の読者には、もう一つ問いが加わります。Gartnerの表ではITサービスは1兆5,700億ドルでソフトウェアより大きな枠であり、増加率は5.3%と最も低くなっています。2月の売り圧力がインドのIT企業にまで波及した理由もここにあります。人の時間を売って請求する構造が、座席契約と同じ問いを突きつけられたわけです。国内企業のソフトウェア予算も、完成品のサブスクリプションよりも構築・運用に載る比重が大きい傾向があるため、まずは自社の予算のうち座席契約に出ていく金額と、人の時間に出ていく金額をそれぞれ数えてみることが先決です。
Oswarldの視点
この記事の草稿では、SaaS Capital指数を引用して2021年8月に16.9倍、2025年末に5.6倍、2026年6月に3.1倍、8月に4.6倍と並べて書いていました。確認してみると、最初の3つはSaaS Capitalの数値でしたが、最後の4.6倍はアベンティスの別の指数でした。底値も3.1倍ではなく3.2倍でした。同じ指数の中で見れば6月の3.2倍から7月の3.8倍への上昇ですが、2つの指数をつなげると3.1倍から4.6倍へとはるかに大きく上昇したように見えてしまいます。前号でBNPとEpochの分類基準をすり合わせたのと同じことが、バリュエーションのデータでも起きています。
草稿でもう一つ直した点があります。私は企業がソフトウェアに使う100ドルのうち、コアSaaSが40ドルだと書いていましたが、そう書くとその40ドルが来年も同じ40ドルであるかのように読めてしまいます。今年出ていくキャッシュとしては正しい言い方ですが、その内側で契約の寿命が分かれ始めているというのが今回の出来事の本質です。そこで今号では、出典のあるガートナーの表で支出を見て、その分かれ方は87社のデータで確認しました。
私の見立てでは、2月に売られたのはソフトウェアの売上ではなく、座席契約の永続性です。インフラはまず先にお金が出ていき、ソフトウェアはそのお金を回収する側にありますが、回収の方法が人数に紐づいていれば、人が減るときに一緒に減ってしまいます。もちろん、それで市場の判断が正しいということにはなりません。テングズのデータで最も的中率の高かった48銘柄の売上は、依然として12.5%伸びています。
おわりに
今年のソフトウェア支出は1兆4,680億ドルで15.5%増え、新たに増えた金額だけで1,970億ドルになります。同じ年に時価総額は、測り方によって2,850億ドルから2兆ドルまで消えました。この二つの文章が同時に成り立つのは、支出と値が違うものを測っているからです。支出は今年出ていく現金を測り、値はその現金が何年先まで入ってくるかを測ります。
だからソフトウェアを見るときも、前号の三つの問いがそのまま役に立ちます。どの枠に入っているか、外せば業務が止まるか、減っているのは需要なのか人数なのか。この三つに答えられれば、「ソフトウェアは終わった」という文章と「ソフトウェア市場はなお拡大している」という文章が、なぜ同じ年に出てくるのかも整理がつきます。
💬 読者さんの会社が使っているソフトウェア契約のうち、来年人員が減っても金額がそのままの項目は何でしょうか。逆に、人員とともに減っていく項目もあわせて書いていただけると嬉しいです。
📨 「SaaSは終わった」と「ソフトウェア市場は拡大する」をめぐって会議で言い争っている同僚がいたら、この記事を送ってあげてください。
参考資料と関連リンク
主要出典
- Gartner, “Gartner Forecasts Worldwide IT Spending to Grow 14.2% in 2026, Totaling $6.37 Trillion”, 2026年7月27日。リンク ··· ソフトウェア1兆4,680億ドルとデータセンターシステム8,220億ドルが入っている原表です。項目別の2025年実績と2026年予測が同じ表にあるので、増加分を直接計算できます。
- Gartner, “Gartner Forecasts Worldwide IT Spending to Grow 13.5% in 2026, Totaling $6.31 Trillion”, 2026年4月22日。リンク ··· 広く引用されているソフトウェア1兆4,400億ドルと15.1%が出た4月時点の予測です。7月の表と並べて見ると、予測がどう変わったか確認できます。
- CNBC, “AI fears pummel software stocks: Is it ‘illogical’ panic or a SaaS apocalypse?”, 2026年2月6日。リンク ··· 2月の売り浴びせの銘柄と指数下落幅、アジアのIT企業へ波及した経路を現地取材でまとめています。
- Tomasz Tunguz, “The CIO’s Choices are Clear in 2026”, 2026年7月13日。リンク ··· 上場87社を5つの区分に分け、収益率と成長率、売上倍率をあわせて示した資料です。今号の表の出典です。
- Alex Clayton, Austin Wang, “2026 SaaS Rebound”, Meritech Capital, 2026年7月。リンク ··· 反発が10銘柄に集中したという集計です。指数の回復と個別銘柄の回復の違いを示しています。
背景知識
- SaaS Capital Index解説ページ、2026年7月31日時点。リンク ··· 2025年12月5.6倍、2026年6月3.2倍、7月3.8倍の出典と指数設計(同一加重の中央値)を説明しています。
- Aventis Advisors, “SaaS Valuation Multiples: 2015-2026”。リンク ··· 2026年8月の中央値4.6倍が出ている別の指数です。構成銘柄が異なるため、SaaS Capitalと直接比較してはいけません。
関連する過去号
- AIデータセンターにかかる費用と機器別の交換周期 ··· 236号。今号が引き継いだ100ドルマップです。
- 8,000億ドル、世界で最も有名な誤答 ··· 181号。同じ市場をめぐって数字が分かれる理由を扱いました。
- SaaS株価急落、本当の原因はAIではありません ··· 23号。3月に下落の原因を突き止めた号です。
📝 用語解説
각주
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SaaSpocalypse:2026年初め、上場ソフトウェア企業の株価が相次いで下落した局面に、ジェフリーズのトレーダーが付けた呼び名です。SaaSとapocalypseを組み合わせた造語で、公式の統計用語ではなく市場で使われるあだ名です。 ↩
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EV/Sales(売上倍率):企業価値を年間売上高で割った値です。同じ売上を市場が何倍に評価しているかを示し、売上が今後も維持されるかについての期待が変わると、売上自体が変わらなくてもこの値は動きます。 ↩
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NTM(今後12か月):これから1年間に見込まれる売上高を基準に倍率を計算する方式です。すでに過ぎた12か月の実績を使う方式とは値が異なるため、両方の方式を混ぜて比較してはいけません。 ↩

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