スターバックスがAI在庫カウントを9カ月で撤収した理由
スターバックスは北米店舗に導入した在庫自動集計機能を中断しました。認識エラーを再確認する時間まで含めてツールの効果を評価すべき理由を検討しました。
ビジネスペパーミントシロップ1本を見逃したAI
ロイターは、スターバックスが公開したAI在庫管理の広報映像の中で、ペパーミントシロップ1本が認識されない場面を見つけました。隣の瓶は数えられていたのに、その瓶だけが抜け落ちていました。従業員たちが伝えた現場のエラーを示す事例でした。
スターバックスは5月、北米店舗に導入していた在庫自動集計機能であるAutomated Countingを中断しました。2025年9月に全面導入を発表してから約9カ月後のことです。今回中断したのは、一部の飲料原材料を数える機能です。スターバックスのAI活用全体を廃止する決定ではありません。
このニュースを見て、私は自動化ツールが実際に減らしてくれた作業をどう測定していたのか気になりました。撮影や集計が速くなっても、従業員がエラーを修正するのに時間がかかれば、期待した効果は出ないかもしれないからです。
本稿では、確認された運用上の問題と、私がこの事例から考えた導入基準を分けて見ていきます。
北米店舗で中断した自動集計機能
2025年9月3日、NomadGoは北米のスターバックス直営店1万1,000店舗以上に自社の在庫AIを配備すると発表しました。従業員がタブレットで棚を映すと、カメラとLiDAR1データを使ってシロップや牛乳などを数える仕組みです。供給元は手作業比で最大8倍の速度と99%の精度を打ち出しました。スターバックスはこれにより、従業員が飲料の調製と顧客対応により集中できると期待していました。
実際の店舗では認識エラーが報告されました。
ロイターが取材した従業員たちは、似たような見た目の牛乳を誤って分類したり、実在する製品を見逃したりする問題を伝えました。広報映像内のシロップの見逃しも、同種のエラーでした。
集計結果を信頼しにくくなると2、従業員は棚と画面を再び照らし合わせなければなりません。こうした確認にかかる時間まで含めて初めて、業務がどれだけ減ったのかが分かります。すべての店舗で毎回二重集計が発生したと断定はできませんが、現場のエラーを性能評価に含めるべきだという点は明らかです。
ブライアン・ニコルCEOは、品切れを減らすことを経営改善の課題としてきました。在庫集計ツールもその取り組みの一部でした。この技術は前任の経営陣の時代から数年にわたって試験されており、ニコル体制下で北米店舗へと拡大されました。
したがって、試験なしに突然導入された技術だとは考えにくいです。ただし、どの店舗・どの条件で試験したのか、エラーを修正する時間まで評価したのかは、公開資料だけでは分かりません。配備した店舗数や集計した品目数は、こうした問いに答えてはくれません。
ロイターが確認した5月18日付の社内通達は、自動集計機能を中断し、飲料原材料と牛乳を他の在庫と同じ方式で数えるよう指示していました。スターバックスは、店舗間で集計方式を統一し、運用の一貫性を高めるための決定だと説明しました。導入を紹介していたブログ記事も削除されています。
精度と品切れは別々に確認すべき
私はこの事例から2つのことを分けて見ようと思います。在庫を正確に数えられているかどうか、そしてその結果が品切れを減らすことに使われているかどうかです。
まず、供給元が示した99%という精度の測定条件が必要です。 品目を識別する精度なのか、数量まで正確に当てる比率なのかによって意味が変わります。照明や商品配置が異なる店舗でも同じ結果が出るのか、従業員による修正作業がどれほど必要なのかも確認しなければなりません。公開された広報数値だけで、全店舗の実際のエラー率を算出することはできません。
RANDが2024年に発表したAIプロジェクト失敗原因の研究は、経験豊富なデータサイエンティストとエンジニア65人にインタビューを行いました。解決すべき課題の誤解、データと運用基盤の不足、必要性より最新技術を優先する選択などを主な原因として整理しています。
この研究はスターバックスの導入過程を調査した資料ではありません。私がこの事例と結びつけて見ているのは、モデルのスコアだけを高めることと、実際の業務を改善することは別物になりうる、という指摘です。
ツールを導入する際は、誰が結果を確認し、どのようなエラーが出たら使用を止めるのかも決めておく必要があります。こうした運用ルールと責任分担をガバナンス3と呼びます。店舗の従業員に修正の負担だけが残らないよう設計することも、これに含まれます。
次は、在庫を数えた後の過程です。 ロイターの1月27日の報道は、2024年初めに物流センターへ到着するトラックのうち、定刻に荷下ろしを行いつつ注文量をすべて満たせた割合が3分の1未満だったという元従業員たちの証言を伝えました。また、2023年の決算発表に出てきた1,500種類のカップ・蓋の組み合わせを、サプライチェーンの複雑さを示す事例として挙げています。棚の数量を正確に把握できても、供給や配送の問題が残っていれば、品切れの解決は難しいままです。
同じ報道では、o9 Solutionsと共同開発した自動発注ツールが、必要量より少なめの発注を勧める傾向があったという従業員たちの説明も出てきました。在庫認識、発注予測、供給元による納品はそれぞれつながってはいますが、別々の問題です。どの段階で不足が生じているのかを確認して初めて、適切な改善策を選べます。
修正作業まで含めて比較する
私であれば、導入候補を比較する際、従業員が作業を始めてから最終的な在庫を確定するまでの時間とエラーを併せて見ます。

店舗ごとに照明や商品配置は異なり、似たような容器が並んで置かれることもあります。コンピュータービジョン4システムは、こうした条件のもとで試験すべきです。倉庫だからといって条件が常に一定というわけでもないため、業種の名前よりも実際の配置と作業方式を見ることが重要です。
従業員は製品を動かしたりラベルを確認したりすることで、あいまいなケースを解決できます。人間も数え間違えることがあるので、既存の手作業の時間とエラー率を先に測定しておく方がよいでしょう。モデルに再学習5が必要な場合は、その費用と所要時間も比較に加えるべきです。
スターバックスがロイターに提供した内部の意見の中には、導入の趣旨は良かったが実行が難しかったとして、中断を歓迎する従業員の反応もありました。全従業員を代表する調査結果ではありませんが、現場での使い勝手を評価する際に参考になる意見です。
選択肢は複数あります。バーコードで品目を確認したり、重量センサーで在庫の変化を検知したりすることもできます。手作業を維持しつつ入力工程を減らす方法もあります。どちらが優れているかをあらかじめ決めるよりも、設置コスト、誤認識、修正時間、管理負担を同じ条件で比較すべきです。
数千店舗の販売データをもとに発注量を予測する業務には、機械学習の検討も考えられます。ただし、販売記録が正確かどうか、品切れのために売れなかった数量をどう扱うか、予測が実際の発注にどう反映されるのかも併せて確認する必要があります。
出発点は、導入する技術の名前ではなく、減らしたいエラーや作業時間であるべきだと思います。
Oswarldの視点
私は現在、さまざまな企業のAI導入コンサルティングを行っていますが、このニュースを見て、現場で繰り返し話している言葉を改めて思い出しました。私は顧客企業に対して、ディープラーニングや生成AIを無条件に勧めることはありません。場合によっては、センサーを1つ取り付けるだけの方がはるかに効率的です。エクセルのVBAだけで十分解決できる業務も、驚くほど多くあります。そして、AIを使うにしても、あえて最高スペックのフロンティアモデル6が必要とされないケースがほとんどです。埋め込みモデル7から軽量な分類モデルまで複数の選択肢があるので、業務の性質に合ったモデルを選んで使うことが重要です。
GTM戦略を策定してきた中で、ツールの名前だけで優劣を決めてしまう判断も数多く見てきました。デジタルだから優れているとか、アジャイル方式だからより速いといった具合です。私はまず、どのような状況で効果が出るのかを確認するようにしています。今回のスターバックスの事例でも、社内の意思決定を推測するよりも、公開された現場のエラーとツールの評価基準を見る方が有用だと考えています。
おわりに
AI導入を検討するなら、私はまず既存の業務を測定します。どれくらい時間がかかるのか、どこでエラーが出るのか、そのエラーが次の業務にどのような影響を与えるのか、というところからです。
次に、ツールを使って減った時間から、確認・修正・管理にかかる時間を差し引いて検討します。 性能を宣伝する数値や店舗数だけでは不十分です。センサーや既存のソフトウェアで解決できる業務であれば、その選択肢も同じ基準で比較します。
組織のAI導入について検討されているなら、今いちばん減らしたい作業とエラーをお聞かせください。業務に合った解決策を一緒に検討いたします。Oswarldブティックコンサルティングファームに問い合わせる
参考資料と関連リンク
主要出典
- Reuters、「Starbucks scraps AI inventory tool across North America」、2026.05.21.:今回のニュースレターの一次出典です。社内メモの原文と従業員インタビューが収録されています。
- Reuters、「Inside Starbucks’ supply struggles: AI glitches, scattered suppliers and sandwich shortages」、2026.01.27.:物流センターへの納品、梱包規格、自動発注の問題を取材した記事です。
- RAND Corporation、「The Root Causes of Failure for Artificial Intelligence Projects and How They Can Succeed」、2024.08.13.:データサイエンティストとエンジニア65人へのインタビューをもとに失敗の原因を整理した研究です。
背景知識
- NomadGo、「NomadGo’s Inventory AI Brings Automated Counting to More than 11,000 Starbucks Locations」、Business Wire、2025.09.03.:NomadGoによる当初の配備発表のプレスリリースです。99%の精度、8倍の速度という主張の出典元です。
- Starbucks、FY2026 Q2 Earnings Release(SEC提出資料)、2026.04.28.:北米営業利益率9.9%、前年同期比170bp低下など、財務的な文脈を確認できます。

각주
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LiDAR(Light Detection and Ranging):レーザーを照射し、反射してくる光によって物体までの距離や形状を測定する技術です。iPhone Proモデルの背面にも搭載されている、3D空間認識用のセンサーです。 ↩
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信頼閾値(Trust Threshold):ここでは、ユーザーが結果を信頼できると感じる水準を指します。業務やエラーの影響度によって変わるものであり、すべてのシステムに一律に適用される数値ではありません。 ↩
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ガバナンス(Governance):組織が技術やプロジェクトを導入・運用する際の意思決定体系と管理構造です。誰が決定し、どのような基準で評価し、問題が生じた際にどう対応するのかを包括します。 ↩
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コンピュータービジョン(Computer Vision):カメラで撮影した画像や映像をAIが分析し、物体を認識・分類する技術です。顔認識や自動運転車の周辺検知などに使われます。 ↩
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再学習(Retraining):AIモデルが新しい環境やデータに適応できるよう、追加で学習させる過程です。必要かどうかは、環境の変化や性能低下の原因によって変わります。 ↩
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フロンティアモデル(Frontier Model):GPT-5.5、Claude、Geminiのような最上位クラスの性能を持つ大規模AIモデルです。性能は優れていますが、コストと処理速度の面ですべての業務に適しているわけではありません。 ↩
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埋め込みモデル(Embedding Model):テキストや画像を数値ベクトルに変換し、検索・分類・レコメンドなどに活用できるようにするモデルです。モデルごとに規模とコストが異なるため、必要な品質と処理速度を比較して選びます。 ↩
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